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大阪地方裁判所 昭和35年(ヨ)1496号 判決

申請人 水田宏造

被申請人 ヤマト交通株式会社

主文

被申請人は申請人をその従業員として取い、かつ、昭和三五年七月七日以降毎月二八日限り一ケ月金三五、四二六円の割合による金員を申請人に対し仮に支払へ。

申請人のその余の申請はこれを棄却する。

訴訟費用は被申請人の負担とする。

(注、無保証)

事実

申請人代理人等は被申請人は申請人をその従業員として取扱い、かつ、昭和三五年七月七日以降毎月二八日限り一ケ月金三五、四二七円の割合による金員を申請人に対し仮に支払え、との判決を求め、その理由として、

一、申請人はタクシー営業を営む被申請会社(以下、単に会社という)に昭和二六年六月二〇日運転手として期間の定めなく雇傭せられ、毎月二八日限り一ケ月分宛の賃金を支給されていたが、右支給された賃金の月額は昭和三五年四月分が金三七、九一八円、同年五月分が金三〇、六〇七円、同年六月分が金三七、七五四円であつたから後記解雇時である同年七月七日現在の月額平均賃金は金三五、四二七円であつた。

二、しかるところ、会社は申請人に対し昭和三五年六月六日に「貴殿は昭和三五年五月二六日営業車に乗務勤務中休憩時間を利用と称して他社の争議応援に赴き且つその非を諭すも何等反省改しゆんの徴もなく一方的見解を固持して始末書提出を拒否している。これら一連の行為は当社就業規則第三八条第四号及び第七号に該当するから昭和三五年六月六日附を以て解雇を予告す、従つて昭和三五年七月七日附にて解雇となる、右通告す。」と記載した解雇予告書を交付して解雇の予告をなした。

三、しかしながら、右の解雇予告は次の理由により無効である。

(一)  申請人には就業規則第三八条第四号及び第七号に該当する解雇事由は存しないから、本件解雇予告は就業規則の適用を誤つたものである。すなわち、

就業規則第三八条には「従業員が左の各号の一に該当するときは三〇日前に予告するか、又は三〇日分の平均賃金を支払い解雇する。…………四、会社の経営方針に背反する行為をしたるとき、又は誠実義務に違反すると認めたとき。…………七、直接又は間接に社業をみだし、又はそのおそれのあるもので従業員としての適格を欠くと認めたとき。…………」と定められているところ、休憩時間を利用して労働者が組合活動をするのは当然の権利行使であり、他会社の労働争議の応援に行くことも右組合活動をするうえの当然の権利行使にすぎないのみならず、仮に労働者に他会社の争議を応援する権利がないとしても労働者はその休憩時間を自由に利用しうる以上右時間を利用して他会社の争議を応援しても、それは休憩時間をスポーツに利用するのと同様な放任行為であつて使用者の何等関知しうるところではない。それゆえ、休憩時間を利用して他会社の争議の応援に行くことは就業規則第三八条第四号、第七号に該当せず、したがつて前記解雇予告書記載の解雇事由自体正当な解雇理由となるものではない。

(二)  本件解雇予告は不当労働行為である。すなわち、

(イ)  申請人は昭和二九年八月以来引続きヤマト交通労働組合(以下、第一組合という)の執行委員長として名実共に組合の中心的活動家であつたが、その間、申請人は組合員の賃上げ、冬季並びに夏季一時金の獲得などを中心に組合員の労働条件の改善のため努力し、就中労働強化や配車上の差別扱いに反対し、組合活動をつづけてきたところ、

(ロ)  会社は申請人の右の活動に対し常に嫌悪の念を抱いていたが、昭和三二年一〇月ヤマト交通株式会社従業員組合(以下、第二組合という)が結成されるや、右嫌悪は顕著になり公然と申請人の組合活動を非難し、申請人及び第一組合に対し差別的な不利益扱いをするようになつた。すなわち、(1)会社は従業員に対し機会あるごとに「水田(申請人)らの言うことは聴いてやらない。第一組合員はトヨペツトクラウンから降ろしダツトサンに乗せる。」などと宣伝し、また第一組合員に対しては「お前は水田のために生きているのか。お前は水田に葬式してもらへ。」などと暴言をほしいままにし、(2)第一組合と会社間に昭和三一年一月一六日締結された労働協約第四条には所謂ユニオンシヨツプ制の定めがあつたにも拘らず、会社は、第二組合結成のため第一組合から脱落した者を解雇することなく、却つて右のような悪質な言動によつて第二組合の強化を助け、逆に第一組合に対し掲示板の使用を拒否し或は組合事務所の明渡を求める等のいやがらせを行い、また会社は昭和三三年四月第二組合とは労働協約を締結したのに第一組合とは協約再締結の努力を払わず、ために従前の労働協約は同年一月に期限満了、同年四月失効し、遂に第一組合をして無協約状態に落ちいらしたし、(3)これより前の昭和三二年一二月申請人らが休憩時間中に申請人宅で第一組合執行委員会を開催したところ、会社はこれに参加した大塚副委員長、近間書記長らに対し不当にも乗車拒否を通告し、申請人は当日空番であつたため会社は申請人に対しては、さすがに乗車拒否の通告はしなかつたけれども、始末書の提出を要求したので、これに対し申請人は不当労働行為であるとして大阪地方労働委員会(以下、単に地労委という)に提訴した結果、会社が今後労働協約を遵守し差別扱いをしない旨約したので地労委において和解が成立した事実もあり、(4)元来、トヨペツトクラウンは八〇円車、ダツトサンは七〇円車で、トヨペツトクラウンの方が乗務していて疲労度が少く水揚げが多いので運転手は一般にトヨペツトクラウンに乗務することを希望するものであるところ、会社は昭和三三年四月頃からは第一組合員には新車やトヨペツトクラウンには乗務させないでダツトサンに乗せるなど徹底した配車上の差別扱いをなし、特に申請人には昭和三二年七月購入の車に一年六ケ月も乗務させ、昭和三四年二月からは一年以上も使い古し検査受けを経た八五〇ccダツトサンに乗務させ配車上の甚しい不利益扱いをしたので、第一組合は申請人に対する右差別扱いにつき地労委に提訴したところ、地労委は昭和三四年一〇月七日会社の不当労働行為を認定して第一組合への誓約書を交付するよう会社に命じたほどであつた。

(ハ)  以上のような会社の数々の不当労働行為によつて、当初約八〇名の組合員を擁していた第一組合も順次組合員が減少し本件解雇予告当時の第一組合員は申請人ただ一人になつていたところ、第一組合及び同組合員たる申請人の組合活動を嫌悪していた会社は、右嫌悪のゆえに最後の第一組合員たる申請人を企業から排除するために、本件解雇予告の挙に出たものである。されば本件解雇予告は労働組合法第七条第一号に違反し無効である。

四、以上の如く本件解雇予告は無効であり、したがつて解雇の効力は生ぜず申請人と会社との間の雇傭関係は存続しているのにも拘らず、会社は解雇予告後一ケ月を経過した昭和三五年七月七日以降、解雇の効力が生じたとして申請人の従業員たる地位を認めず且つ賃金の支払をしないので申請人は解雇無効、賃金支払の本訴を提起すべく準備中なるも、申請人は他に資産なく会社から支給される資金を唯一の収入として生計を維持してきた者であるから本案判決確定をまつていては著しい損害をこうむるので従業員地位保全、賃金(月額三五、四二七円)仮払の仮処分申請に及んだものである。と陳述し、

被申請人の解雇事由に関する主張に対する答弁として、

被申請人主張事実のうち、申請人の所属する第一組合の上部団体である総評大阪旅客自動車労働組合連合会(以下、単に大旅労連という)が昭和三五年五月二六日正午大淀区大仁ドライブクラブ前に傘下一五社の組合の組合員の乗務車両約一七〇両を集結し賃上要求につき蹶起大会を催し引続き大淀交通株式会社社屋を一周しクラクシヨンを鳴らしながら車両デモを行つた際、当日会社の営業車両大〇七六七号車に乗務しタクシー営業の勤務に従事中の申請人が午前一一時五〇分市内湊町から信の橋まで営業して後、就業規則所定の午後一時から午後二時までの休憩時間を約一時間繰上げ六〇分間の休憩時間を利用して、会社に断わることなく、信の橋から大仁ドライブクラブまで前記営業車両を空車回送して前記大会に参加し、更に午後一時五分大仁を出発してから浦江まで右営業車に乗車して車両デモに加わつたこと、右に関し木下営業課長、出谷常務取締役から始末書の提出を求められ申請人がこれを拒否したこと、は認めるが、申請人の前記行為には何ら不当の点はない。すなわち、(い)休憩時間は従来から必ずしも業務上の都合のみならず疲労、空腹などの事由によつて所定時間を変更してその前後に執るのは実情として珍らしいことではなく、会社も休憩時間の変更につき左程厳格な指示をしていないのであるから、組合活動のための休憩時間の変更は食事のための休憩時間の変更と異つた評価をうけるべきものではない。したがつてこの点につき申請人に責めらるべき不当はない。(ろ)就業規則第一二条には主張のような車両管理についての定めがあるが、前記大会のため集結した全車両につき当日は係員によつて統一的且つ完全に管理が行われていたから、右条項所定の管理義務違反はない。(は)また、休憩時間を何処ですごすかは労働者の自由であり、休憩場所まで自己の乗務運転する車両を使用して赴くこともタクシー業界における労使間にあまねく認められた慣行であつて(被申請)会社もその例外ではなかつたのであるから、申請人が休憩時間を利用して前記大会場所まで乗務車両を運転して赴いたことは特にとがめらるべきことではない。(に)また、労働者が休憩時間を自由に利用できることは労働基準法第三四条第三項に明定するところであり、それを組合活動に利用することも勿論さまたげなく、たとえ就業規則でこれを制限しても無効である。会社は休憩時間に組合活動を行わないことを以て経営方針としているというが、そのような経営方針をとつていることを理由に組合活動の自由を拘束することは不当労働行為であつて許されないことは明らかである。なお、前記大会終了後、車両デモの行われた大仁ドライブクラブ前から浦江までの間は、申請人は松村晃一ほか三名の者を正規の料金九〇円を受領して自己の乗務車両に乗せて運行したものであり、右料金はこれを会社に納入しているのであるから、右の行為は営業行為であつて営業車両の無断使用にはあたらない。以上のように、申請人の行動に不当の点のない以上、会社が始末書の提出を要求することは、正当な組合活動のゆえに不利益扱いを行わんとしたものにほかならないのみならず、会社は始末書の提出を求めるにあたり、処分につき何等具体的意向を述べず専ら申請人が自己の非を全面的、かつ、無条件に認めたことを明らかにする趣旨の始末書の提出を要求するのみであつて、過去において始末書を提出させられたうえ退職を要求された事実が多々あるにかんがみ、申請人にも始末書を提出させたうえ解雇ないし退職要求がなされる公算が極めて大であつた事情を考え合せば、申請人が始末書の提出を拒否したのは当然であつて何等不当のかどはない。されば、申請人には解雇事由は存せず、本件解雇予告は就業規則の適用を誤つた無効のものといわねばならない。なお、申請人は会社の従業員のうち最古参であつて過去にたびたび表彰をうけ会社に尽した功績は、はかり知れない優秀な運転手である。したがつて仮に申請人の前記大会当日の行為が何等から点で不当と認められたとしても、それは譴責処分に価する程度の不当にすぎないから、申請人が始末書を提出しないからといつて解雇処分に付することは行過ぎであつて到底許されないところである。

と述べた。(疎明省略)

被申請人代理人は、本件仮処分申請を却下する、訴訟費用は申請人の負担とする、との判決を求め、答弁として、

申請人主張の一、の事実は認める。但し、主張の四、五、六月の三ケ月分の賃金額の合計をその間の日数である九一で除し、これを三〇倍した金額である金三五、〇三七円が一ケ月の平均賃金額である。

同二、の事実は認める。

同三の(一)の事実のうち、就業規則第三八条に主張の如く定められていることは認めるが、その余の事実は争う。会社が申請人に対し解雇予告をしたのは次の事由に基くものである。

申請人の所属する第一組合の上部団体である大旅労連が昭和三五年五月二六日正午を期して大淀交通株式会社の組合の争議応援のため大淀区大仁ドライブクラブ前に傘下一五社の組合の組合員の乗務車両約一七〇両を集結し賃上要求につき蹶起大会を催し引続き大淀交通株式会社社屋を一周しクラクシヨンを鳴らしながら車両デモを行つた際、当日会社の営業車両大〇七六七号車に乗務しタクシー営業の勤務に従事中の申請人は午前一一時五〇分市内湊町から信の橋まで営業して後、就業規則所定の午後一時から午後二時までの休憩時間を約一時間繰上げて六〇分間の休憩時間を利用して、会社に無断で右信の橋から前記大仁ドライブクラブまで乗務中の営業車を空車回送して前記集結場所に至り、右営業車をその場に放置して前記大会に参加し、更に午後一時五分大仁を出発してから浦江まで右営業車に乗車して前記車両デモに加わつたものであり、会社は右の事実を同日街頭調査会の報告に基き申請人の営業報告書を調査して確認したのであるが、申請人の右行為は次の点において不当である。すなわち(い)就業規則第九条によれば所定の休憩時間は午後一時から午後二時までの一時間であつて右時間の変更は業務の都合による場合以外には許されない定めになつているところ、申請人は会社の業務と関係のない他会社の争議応援のため休憩時間を変更したのであるから就業規則に反する。(ろ)次に、就業規則第一二条には「営業中の運転者は休憩のため車両を離れる場合は車両を監視できる箇所に留置して監視しなければならない」と定められているところ、申請人の前記大会参加が休憩時間中の行為であるとしても右大会中の乗務車両の放置は右車両管理義務に違反する。(は)また、休憩のため休憩場所まで営業車両を運行(空車回送)することは食事のためのみに認められていた慣行であつて、本件の如く他社の争議応援のための空車回送はたとえ休憩時間中であつても会社所有権の侵害であつて許されない。(に)更に、会社は従業員に車両乗務中の休憩時間を利用しての組合活動はこれを行わせないことを以て経営方針としており、このことは就業規則第一二条、第二二条、並びに第二組合との労働協約第八条第六号に照し明白であるから、申請人が会社に無届で前記大会及び車両デモに参加したことは、それが休憩時間中であつても会社の経営方針に反する。そこで会社では同月二九日営業課長木下良夫が、また同月三一日及び六月一日には常務取締役出谷朝治が、それぞれ申請人に対し前記営業車両の無断使用(空車回送)並びに無届組合活動についての反省を求め、将来を戒しめるため始末書の提出を求めたところ、申請人は、休憩時間中といえども営業車両を無断使用しての組合活動の不当なることは次の事実即ち昭和三二年一〇月一二日休憩時間中第一組合の執行委員会が執行委員長たる申請人宅で開かれた際、乗務中の営業車両を無断使用(空車回送)して同人宅に集合した一部執行委員に対し、会社が、乗務中の者が一定の場所に集合の意図を以て無断で営業車両を空車回送したことはそれが休憩時間中であつても組合活動の逸脱行為であり、職場の秩序を阻害するとして乗務停止処分に付した事実、から知悉していたにも拘らず、正当な行為であると主張して始末書の提出を拒否した。しかしながら、申請人の前記不当行為((い)(ろ)(は)(に)各説示のとおり)及び右不当行為を正当行為であると主張して毫も反省しないことは、とりもなおさず会社の経営方針に背反し従業員としての誠実義務に反するのみならず、社業をみだし従業員としての適格を欠くものといわなければならないから、右は就業規則第三八条第四号及び第七号に該当する。よつて会社は右条項を適用して解雇の予告をなしたものであるから右解雇予告は有効である。

されば、その後三〇日を経過した昭和三五年七月七日解雇の効力を生じたものといわねばならない。申請人主張の三、の(二)の事実のうち、昭和三二年一〇月第二組合が結成されたこと、会社と第一組合との間にユニオンシヨツプ協定のあつたこと、会社が第一組合に対し組合事務所の明渡を求めたこと、会社と第一組合との間の労働協約が失効したこと、昭和三二年一二月休憩時間中に第一組合の執行委員会が行われ会社が主張の如く乗務停止処分を行つたこと、これに対し地労委へ救済の申立がなされたこと、配車上の差別扱いにつき第一組合から地労委に提訴したところ会社が地労委から申請人宛誓約書を交付するよう命ぜられたこと、は認めるが、その余の事実は争う。すなわち、〈1〉会社は申請人の組合活動に不当に介入したり嫌悪したりしているものでなく、このことは申請人の所属する第一組合が大旅労連に加入し、右第一組合の執行委員長である申請人が組合活動のため毎月一日位宛公休日の振替を申出るのを会社が常に許している実状に照しても明らかである。〈2〉昭和三四年二月一六日申請人が地労委へ救済申立をし、主張の如く会社は地労委から誓約書の交付を命ぜられたが、右は同年二月の配車替の際、申請人の十四日間有休休暇中に新車入荷予定が変更されたために申請人に定期検査完了車を配車したことを差別扱いであると推断されたものであり、そして地労委の命令書にも記載されているように会社は申請人に古車を差別的に配車したのではなく、ただ申請人に対する新車の割当が遅れたものであるところ、同年一〇月三〇日申請人に新車を割当ててこの問題は解決済であつて、このことは本件解雇と何等の関聯もないし、また当時、古車或はダツトサン車に乗務する者は全運転手のうち五六%もあつたのであり、配車について第一組合員のみを差別扱いしたようなことはない。〈3〉第二組合は、組合執行部の組合員に対する指導方針に反対意見をもつ者が集団分裂して結成されたものであり、かつまた、当時会社としてはユニオンシヨツプ協定の履行が困難な状況にあつたものであつて、会社が第二組合の結成につき介入したような事実はない。〈4〉第一組合に組合事務所の明渡を求めたのは、もともと休養室の一部を組合事務所として使用を許していたものが労働基準局の休養施設増強の指導方針により従前の休養室では不充分となつたためであり、右は組合が施錠して使用していなかつたものを常時解放するということで解決済のものである。〈5〉また、第一組合との労働協約は、その失効前会社はすでに改正案を手交したのに第一組合から何等の回答がなかつたために自然失効したものである。〈6〉昭和三二年一二月休憩時間中に申請人宅で第一組合執行委員会が開かれ、これに出席の一部執行委員に対し乗務停止の処分をしたが、右は既述の如く集合のため営業車両の無断使用をともなつた組合活動の逸脱行為であつたのであるから、右処分は不当行為者に対する当然の制裁であり、被処分者は非行を認め会社に陳謝したものである。なお、右処分につき第一組合がなした地労委への救済申立は、当時すでになされていた組合分裂に関する救済申立に附加してなされた程度のものであり、かつ、会社側に何ら非難されるべき点はなかつたため、昭和三三年一月三〇日円満解決の協定成立し右申立は取下げられたものである。以上のとおりであつて、本件解雇予告は申請人の組合活動とは何らの関聯もないから、不当労働行為を以て目することはできない。

申請人主張の四、の事実のうち、申請人の生計、損害に関する部分は争う。

と述べ、更に、会社が申請人に対し始末書の提出を求めるに際しては、「提出すれば本件は別にどうということはない。解雇するとは言つていない。」と説明してこれを求めたものであり、始末書を提出せば解雇する意図は毛頭なかつたし、またそのような雰囲気も全然なかつたものである。ただ、申請人が始末書の提出を拒否し不当行為を正当であると主張して反省しないから、解雇に踏切つたものであり、また、就業規則、経営方針に背反し、かつ、それを正当視して反省しない運転手は、かりに営業成績が良く表彰をうけたことがあつても、雇傭関係を継続すべき信頼関係を欠くものであるから、このような者に対し解雇権を行使するのは当然である。と附陳した。(疎明省略)

理由

一、申請人が昭和二六年六月二〇日にタクシー営業を営む被申請会社に運転手として期間の定めなく雇傭せられ爾来毎月二八日限り一ケ月分宛の賃金の支給をうけて勤務していたところ、会社が昭和三五年六月六日申請人に対し「貴殿は昭和三五年五月二六日営業車に乗務勤務中休憩時間を利用と称して他社の争議応援に赴き且つその非を諭すも何等反省改しゆんの徴もなく一方的見解を固持して始末書の提出を拒否している、これら一連の行為は当社就業規則第三八条第四号及び第七号に該当するから昭和三五年六月六日附を以て解雇を予告す、従つて昭和三五年七月七日付にて解雇となる、右通告す。」と記載した解雇予告書を交付して解雇の予告をなしたことは、当事者間に争いのないところである。

二、そこで先づ、申請人に、会社が主張するような就業規則第三八条第四号、第七号に該当するような解雇事由が存したか否かにつき、以下検討を加える。

就業規則第三八条に「従業員が左の各号の一に該当するときは三〇日前に予告するか、又は三〇日分の平均賃金を支払い解雇する。………四、会社の経営方針に背反する行為をしたるとき、又は誠実義務に違反すると認めたとき。………七、直接又は間接に社業をみだし、又はそのおそれあるもので従業員としての適格を欠くと認めたとき。………」と定められていること、申請人の所属する第一組合の上部団体である大旅労連が昭和三五年五月二六日正午を期して市内大淀区大仁ドライブクラブ前に傘下十五社の組合の組合員の乗務車輛約一七〇輛を集結して賃上要求につき蹶起大会を催し、引続き大淀交通株式会社社屋を一周しクラクシヨンを鳴らしながら車輛デモを行つた際、当日会社の営業車輛大〇七六七号車に乗務しタクシー営業の勤務に従事中の申請人が午前一一時五〇分市内湊町から信の橋まで営業して後、就業規則所定の午後一時から午後二時までの休憩時間を約一時間繰上げて六〇分間の休憩時間を利用して、会社に無断で乗務中の前記営業車を右信の橋から大仁ドライブクラブ前まで空車回送して前記集結場所に至り、同所で前記大会に参加し、午後一時五分大仁を出発してから浦江に至るまでの間右営業車を運転して前記車輛デモに加わつたこと、はいずれも当事者間に争いのないところであり、申請人は当時大旅労連の執行委員、教宣部長でもあつた関係で信の橋から約三粁の間を直行して正午頃大仁ドライブクラブ前に到着して大淀交通株式会社の組合の争議応援のため行われた大旅労連主催の前記大会並に車輛デモに参加したものであり、右大会の行われた正午頃から午後一時頃までの間は自己の営業車は他の集結車輛と共に大会場附近に整列して駐車し、自からは車輛監視ができなかつたとはいえ、右時間中は大旅労連の定めた約二〇人の監視係が引続き全駐車車輛の監視に当たりその間車輛につき何等の事故もなかつたこと、大会終了と同時に集結車輛は順次同所を出発して車輛デモに移行し約二粁を走行して浦江の浪速交通株式会社前に至り同所で適宜解散したものであるが、申請人は右車輛デモに参加したとはいえ、デモの出発点である大会場所から終点である浪速交通株式会社前まで自己の営業車輛には大旅労連の中央委員である松村晃一ほか役員等三名を乗客として乗せ、右松村から正規の料金九〇円を受取り、営業報告書に記載して、これを即日会社に納入したものであること、はいずれも成立に争いのない乙第三号証、証人松村晃一、大浦馨の各証言並びに申請人本人訊問(第一回)の結果により疎明せられ、証人泉昭八郎の証言及び同証言により成立の真正を認めうる乙第一一号証(報告書)の記載のうち右認定に反する部分は措信しがたく、他に右認定を左右すべき資料はない。そこで、申請人の如上行為に果して会社主張の(い)ないし(に)摘示のような不当な点があるか否かを考えてみるのに(い)会社の就業規則(成立に争いのない乙第四号証)第九条一ないし三号には就業時間、休憩時間、睡眠時間を特定し(それによると正午から午後一時までは就業時間に含まれ、午後一時から午後二時までは休憩時間である。)四号には「業務の都合上定められた時間に休憩出来ない場合はその前後の時間において規定通り休憩しなければならない」と定められており、したがつて右規定から見れば業務の都合によらずして休憩時間を繰上げ或は繰下げることはできないものといわねばならないから、申請人が大旅労連の蹶起大会に参加するために午後一時から午後二時までの休憩時間を一時間繰上げたことは業務の都合によらない(右大会参加が業務の都合といえないことはいうまでもない)休憩時間の振替として右規定に抵触するというほかはないが、申請人本人訊問(第一、二回)の結果によれば、各運転手とも従前から休憩時間の振替は業務の都合の有無を問わず自由に行つており会社から注意をうけたものもなく、会社もこの点については殆んど関心を示さず後記の如く申請人の前記行動を会社側が難詰し始末書の提出を要求した際にも申請人に対し休憩時間の振替の点については一言も叱責していないことが疎明せられ(右認定を左右すべき資料はない)、右の事実から見ると休憩時間の自由な振替について会社は一般的に従前から実質上黙認していたともいえるから、単に形式上就業規則に抵触するからといつて今更申請人の右振替行為を不当視することはできないといわねばならない。されば、また、申請人の前記大会参加は正当に振替へられた休憩時間中の行為として評価しなければならない筋合ともなる。(ろ)次に、就業規則第一二条に「営業中の運転者は休憩のため車輛を離れる場合は車輛を監視できる箇所に留置して監視しなければならない」と定められていることは争いなく、右規定の趣旨は車輛の盗難その他の事故を未然に防止するにあると解せられるところ、すでに見てきたように申請人は前記大会時間中自己の営業車輛を他の集結車輛と共に大会場附近に整列駐車して大会に参加しその間自から自己車輛の監視はできなかつたとはいえ、大旅労連の定めた約二〇人の監視係が申請人の車輛をも含めて全車輛の監視に当つていたものであり、その間車輛について何等の事故もなかつたのであるから、申請人の行為をもつて右条項に背反するということはできない。(は)更に、証人松村晃一、大浦馨、出谷朝治の各証言並に申請人本人訊問(第一回)の結果によれば、営業車輛に乗務中の運転手が休憩時間に食事をとる場合食事の場所については会社から指定されておらず、各自の自由に選択した食堂或は自宅等で適宜食事をとることができ、乗客を目的地まで送つてのち現在地から右食事の場所へは客を乗せることなく営業車輛を使用(空車回送)して赴くことも会社から認められており、このことは被申請会社のみならずタクシー業界一般の慣行でもあつたことが疎明せられるが、休憩時間中だからとして食事ないし休憩のためでなく私目的のために乗務車輛を使用(空車回送)して目的地へ赴くことまでも認められていたような事実はこれを窺うべき何等の資料もない。思うに、タクシー会社の運転手が営業車輛を運転するのはそれが営業のためであることを要し(客を乗せて運転することはそれ自体営業行為であるが、客を目的地へ送つて後、空車で帰途につく場合は次の営業行為に直結する意味において営業のためであり、また食事、休憩のため所定場所まで空車で赴くことも次の営業行為にそなへて休養し或はその準備をする意味においてやはり営業のためといえる。)会社営業と関係のない目的換言すれば私目的のために空車回送して乗務車輛を運転するのは、それが休憩時間中であつても許されないことは運転手が会社営業のために雇傭されていることから考えて条理上当然であると解せられる。してみれば申請人が信の橋から大仁ドライブクラブ前まで空車回送したのは大旅労連主催の蹶起大会に参加するためであつて、これが会社営業のためといえないことは明らかであるから、申請人の右行為は不当のそしりをまぬかれないものといわねばならない。(に)最後に、就業規則第一二条には前記の車輛監視義務に関する定めのほか、その前項において「休憩時間は自由に利用することができる。但し、外出する場合は所属責任者の承認をうけなければならない。」と定められているが、右但書の規定が乗務中の運転手を対象とするものでないことは右文言自体から明らかであるし、また右規則第二二条には「就業時間中に組合運動、政治運動、示威行進、集会その他会社の業務に関係のない事由で会社の承認をうけずに就業しないときは、欠勤、遅刻、早退又は私用外出として取扱う。」と定められているが、右にいう就業時間には休憩時間を含まないことは同規則第八ないし第一一条の規定に照し明らかであるし、また会社と第二組合との労働協約(証人出谷朝治の証言により成立の真正を認めうる乙第五号証)第八条六号には車輛乗務中の休憩時間を利用しての組合活動は行わない趣旨の定めがあるが、右協約が第一組合員である申請人を拘束するものでないことは明らかであるし、他に休憩時間中の組合活動を禁止し、或は休憩時間中に組合活動を行うにつき会社の承認ないし会社への届出を要する趣旨の定めは就業規則中どこにも存しない。けだし労働者が休憩時間を自由に利用でき使用者がこれに制限を加へないことは労働基準法第三四条三項に明定するところであるから、休憩時間中の組合活動(他組合の争議応援を含む)も自由になしうるところであり、会社がこれを一般的ないし個別的に禁止したり或は届出を要求することは有効にこれをなしえないものといわねばならない。したがつて仮に会社が休憩時間中の組合活動はこれを行わないことを以て経営方針としているとしても、そのような経営方針はこれを正当に主張しうるものではないから、右経営方針に背反した労働者の行為を不当視しえないことは多言を要しない。それゆえ、申請人が会社に無届で前記蹶起大会に参加したことには何ら不当のかどはない。また、右大会終了後(したがつて休憩時間終了後)就業時間中に申請人は大会場所から浦江までの約二粁の間車輛デモに参加したのであるが、右の間は松村晃一ほか三名を乗客として乗せて自己の営業車輛を運転し松村から正規の料金を受取り即日会社に納入しているのであるから、乗客を輸送しその料金を収納することを営業とするタクシー会社の営業目的から見れば右料金の収納によつてその目的は充分達せられているといわねばならず、したがつて申請人の車輛デモ参加(組合活動)は営業行為の下に没し営業行為によつて完全に蔽われたものといわねばならない。してみると大仁から浦江までの営業車輛の運行は会社にとつては営業行為として評価されるべく、組合活動として評価されるべきではないと解するのが相当であるから、申請人の行為をもつて就業時間中の無届組合活動と目すべきではない。してみれば、この点についても申請人の行為を不当視することはできない。以上(い)ないし(に)に見てきたとおりであるから申請人の行為は信の橋から大仁ドライブクラブまでの間の空車回送の点においてのみ不当であつて、その他の点については不当のかどはないのである。ところで、証人木下良夫の証言により成立の真正を認めうる乙第七号証及び同上証言、証人出谷朝治の証言により成立の真正を認めうる乙第八号証及び同証人の証言申請人本人訊問(第一回)の結果によれば、会社は街頭調査会からの報告及び申請人提出の営業報告書(乙第三号証)により前記大会当日(五月二六日)の申請人の行動を知つたので同月二九日に営業課長木下良夫が、また同月三一日及び六月一日には常務取締役出谷朝治が、それぞれ、申請人の当日の行動を不当として申請人を叱責し、始末書を提出するよう要求したが、その際には会社側は申請人の行為を会社主張の前記(い)(ろ)(は)(に)の各点に分析してその不当を説明したものではなくて、信の橋から大仁まで営業車輛を使用して赴き大会に参加し引続き大仁から車輛デモに加わつて浦江に至るまでの行動を一連の組合活動として捉え、右一連の組合活動に営業車輛を無断で使用し且つデモ参加が就業時間中の無届組合活動であるとしてその不当を難詰したものであること、これに対し申請人は、就業時間中行われた車輛デモは前記の如く料金を収納した営業行為であり、休憩時間中の組合活動については就業規則上何等の制約なく自由であつて会社にこれを届出する義務のないこと、かつ休憩時間中に行われる大会に参加するため乗務車輛を運転して所定場所に赴いたことは食事、休憩のため乗務車輛を使用して所定場所へ赴くのとさして大差なく、始末書の提出を求められる筋合はないと考えたのと、会社が申請人の大会当日の行為を一連の行為として捉え無届組合活動としている態度から見て会社が始末書を要求するのは結局申請人の当日の組合活動を不当視するゆえんであると解したため、ここでたやすく会社の要求を容れて始末書を提出せんか適法な休憩時間中の組合活動をさえ不当なものと認めることとなり、今後は会社と何らの協定上の保障なしに休憩時間中の組合活動に制限を加えられることになるし、解雇或は退職勧告の口実をすら会社に与えることになりかねないことを危惧し休憩時間中の組合活動であるから何等不当の点はないと反発して始末書の提出を拒否したものであることが疎明される。しかるところすでに見てきたように申請人が信の橋から大仁ドライブクラブ前まで営業車輛を空車回送した行為は不当と評価されるべきものであるから、これを含めた大会当日の行為を不当でないと主張することは不当な点についての反省を欠くものと一応認められるが如くであるけれども、次の事情即ち、会社が始末書の提出を要求するに当り申請人の行動を一連の組合活動として捉え、したがつて大仁から浦江までの行動をも就業時間中の無届組合活動として非難して始末書を要求したが申請人の行動のうち不当視すべきものは実は信の橋から大仁までの空車回送のみであること(換言すれば会社の非難が一部しか当つていないこと)、申請人は前認定のような事情から会社の非難に対し休憩時間中の組合活動であるから不当でないと反発を示したものであるから、これを強く責めるのは酷であること、申請人が前記空車回送を不当でないとしたのは慣行上認められている食事、休憩のため空車回送と大差ないものと誤解していたことに基くこと、及び申請人の本件空車回送というただ一回の不当行為だけで(昭和三二年一二月休憩時間中に執行委員長である申請人宅で第一組合執行委員会が催され、これに参加した一部執行委員に対し会社が乗車拒否の処分をしたことは争いないところ、証人近間辰郎の証言及び申請人本人訊問(第一回)の結果によれば、当日出番の執行委員が乗務車輛を使用(空車回送)して集合したのを捉えて不当行為であるとして会社が当該執行委員に対し右処分をなしたもので、当日申請人は空番であつたため乗務車輛の使用をしていなかつたため処分をうけなかつたものであることが疎明せられるから、これをもつて申請人自身の乗務車輛無断使用の前歴となしえないことはいうまでもない。)始末書の提出を求めうる根拠は就業規則上どこにも見当らないから会社の申請人に対する始末書提出要求には拘束性がなく、したがつて始末書不提出自体はこれを不当視しえないものであることを考え合すと、申請人が自己の行為を不当でないと主張し始末書の提出を拒否したことを以て直ちに反省を欠いたものと断ずるのは早計であるといわねばならない。ところで就業規則第六五条によれば、懲戒の種類としては懲戒解雇のほかにこれより軽い譴責、減給、出勤停止の各処分が定められているところ、普通解雇と雖も従業員を終局的に企業から排除するものである以上、就業規則所定の普通解雇事由の解釈に当つても右懲戒の段階性を無視することはできず、さすれば、就業規則第三八条第四号にいう「会社の経営方針に背反する行為をしたるとき、又は誠実義務に違反すると認めたとき」、第七号にいう「直接又は間接に、社業をみだし、又はそのおそれのあるもので、従業員としてその適格を欠くと認めたとき」という文言は極めて抽象的で漠然としているとはいえ、いずれも、企業経営秩序の維持上社会観念に照し従業員を企業から排除するのを相当と認める程度にその行為の情状の重い場合をいうものと解しなければならない(換言すれば、譴責、減給、出勤停止、にあたる程度の事由では足りない)。してみると、申請人には営業のため以外に乗務車輛を使用したというただ一回の不当行為があり、かつ、右行為につき反省しないとは必ずしも断定できないような事情のある本件においては、申請人の右所為をもつて企業から申請人を排除しなければならない程の情状の重いものであるとは解しがたいから、結局申請人には就業規則第三八条第四号第七号所定の普通解雇事由は存しないものといわねばならない。

三、されば、本件解雇予告は就業規則の適用を誤つたもので無効であるといわねばならず、したがつて所定期間を経過しても解雇の効力を生ずるに由なかつたものである。それゆえ、本件解雇予告が不当労働行為であるか否かについての判断をなすまでもなく、申請人は依然として被申請会社の従業員たる地位を有する筋合である。

四、次に申請人が毎月二八日限り会社から支給されていた賃金額が昭和三五年四月分は金三七、九一八円、同年五月分は金三〇、六〇七円、同年六月分は金三七、七五四円であつたことは当事者間に争いないところであるから、申請人は特別の事情のない限り同年七月七日(会社の主張する解雇時)以降も一ケ月平均金三五、四二六円(四、五、六月の三ケ月分の賃金合計額を三分した金額にして円未満切捨)の賃金の支給をうけるものと推定すべきであるところ、会社が昭和三五年七月七日以降は申請人を従業員として取扱わず、かつ、同日以降の賃金の支払を拒んでいることは弁論趣旨に照し明らかであるし、一方申請人が他に資産もなく会社から支給される賃金を唯一の生計資としていた者であるため本件解雇後生計に窮していることは申請人本人訊問(第一回)の結果疎明されるから申請人は本件仮処分を求める必要があるとしなければならない。

五、よつて申請人の本件仮処分申請は主文掲記の限度において理由があるから保証を立てしめずして右限度でこれを認容し、その余は棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法第八九条第九二条第九五条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 中島孝信 荻田健治郎 山本矩夫)

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